金、プラチナ、銀。地金の魅力はその輝きにあります。
金やプラチナは酸化しにくく、長い時間その輝きを保ってくれるため古の人々は「永遠」を感じ、大事にしてきた歴史があります。
また、金プラチナに比べて比較的化学変化を起こしやすく、表面処理によって色々な顔を見せてくれる銀は、工芸品のなかでも職人の技術を存分に見せてくれる存在です。
多彩な表現が可能な、彫金の表面処理
とはいえ、ピカピカに磨き上げるだけが仕上げではありません。いろいろな表面処理によってテクスチュアを楽しむことができるのも、彫金のよいところです。
金や銀はとても柔らかい金属なので、叩いたり傷つけたりして表面に変化をつけることが簡単にできます。日本では古くから引き継がれた「荒らし」の技術がありますので、いくつか紹介していきたいと思います。
物理的な方法で行う表面処理
ヘラ仕上げ
ヘラで金属の表面をこすり、磨いて光らせる仕上げ方法です。ヘラ仕上げの良いところは、バフの入らない細かいところにでも届くことでしょうか。複雑に入り組んだ地金の、任意の部分だけを光らせることも可能です。
現在ではバフを使って鏡面に仕上げることも簡単にできるようになりましたが、ヘラ仕上げの技術はなくなることはないでしょう。
つや消し仕上げ
目の細かい紙やすりで表面を傷つけてつやをなくすと、金属の表面はマットな雰囲気になります。鏡面仕上げよりも落ち着きのある、上品な印象になります。
つや消し仕上げには“ヘアライン”と呼ばれる、紙やすりやすじ目たがねで一定方向の傷をつけたものがあります。
また、ヘアラインのアレンジとして、布目のように交差するラインを入れたものを“布目仕上げ”“サテンタッチ”と呼びます。
槌目仕上げ
おたふく槌やいも槌を打ち付け、金属の表面に凹凸をつける仕上げです。ランダムに入れられた槌目は、冷たい金属の雰囲気を和らげる素朴な魅力があります。
槌目仕上げは銀のいぶし銀仕上げなどと組み合わせることで、アンティーク調の雰囲気が楽しめる仕上げです。
荒らしたがね仕上げ
たがねの先端に細かい凸凹をつけたものを、荒らしたがねといいます。この荒らしたがねを打ち付けて、金属の表面に荒らしを入れたり模様を入れたりする仕上げ方法です。
ほしい部分にだけ荒らしを入れることができるので、使い勝手のよい荒らしたがねですが、広い面へ均一に荒らしを入れるには少し慣れが必要な技術です。また、荒らしを入れる際は、本体が変形しないようにヤニ台に固定してたがねを打ちます。
梨地仕上げ(なしぢしあげ)
鏡面に仕上げた金属表面に、金剛砂(ガーネットの粒)を水とともにふりかけて、全体に傷をつける表面処理です。ホーニングと呼ばれるサンドブラスターをかけても同じように仕上げることができますが、金剛砂のほうが柔らかな印象になります。
荒らしたがねででも梨地を作ることができますが技術が必要です。その点、金剛砂やホーニングであれば、初心者にも簡単に梨地を作ることができるので試してみたい仕上げです。
象嵌(ぞうがん)
種類の違う金属を切嵌(きりばめ)したり、タガネで彫った溝にロウを流したりして象嵌をほどこします。比較的難しい技術の象嵌は、その技術を身につける事ができれば、絵画のような表現ができるのが魅力です。
日本には京象嵌、肥後象嵌、加賀象嵌などいくつかの種類があり、それぞれ使われる金属が違ったり、切嵌の技法が違ったりします。
また、象嵌をより美しく見せるために、象嵌をほどこしたあとに薬品を使って色揚げをします。職人の技術の粋を集めた工芸品の中には、この象嵌と色揚げによって表面処理されたものがあり、機会があればぜひ実物を目にしておきたいものです。
薬品を使って表面処理をする方法
いぶし銀仕上げ
銀は空気中の亜硫酸ガスによって少しずつ黒く変色していきます。これが自然のいぶし銀ですが、いぶし銀仕上げは薬品で作り出す事ができ、簡単にアンティークの雰囲気が出るので銀細工には好まれる表面処理です。
経年による自然ないぶしは「銀+亜硫酸ガス=硫化銀」ですが、薬品処理で作り出すいぶしは、使用する薬品によって「塩化銀」「ヨウ化銀」の黒い膜を作ることになります。
市販の「銀いぶし液」や「ムトーハップ」などで仕上げることができるので、それほど難しくないのが魅力です。
煮色仕上げ、緑青仕上げ
銅や赤銅の仕上げ方法です。煮色は薬品で煮ることによって銅や銅の合金を着色させます。緑青仕上げは、銅に自然とつく緑青を人工的におこす仕上げです。
銅に緑青がついた状態は日常でも目にすることができますが、赤く柿色になる煮色仕上げは工芸品で見かけるくらいでしょうか。どちらも落ち着いた美しさがあります。
象嵌を施し複数の地金を使っていると、煮色での表面処理がより効果的になります。作業の上での手間は格段に増えますが、仕上がりの美しさは格別なものがあります。
白仕上げ
銀の仕上げ方法です。
銀に火をかけて熱を加えると黒い酸化膜がつきます。この状態の銀を希硫酸に漬けると(酸洗い)黒い酸化膜が取れて白くなります。この状態が白仕上げと呼ばれています。
つや消しや梨地を打った状態で白仕上げをすると、銀の白さが際立った美しい仕上げとなります。銀が「白銀」と呼ばれる所以かも知れませんね。
ちなみに、金に梨地をかけて同じように処理をすると、梨地の黄色がレモンイエローに近くなって、より強調されます。あまり「黄色仕上げ」と呼ぶことはありませんが、美しい仕上げ方法の一つです。
電気的にメッキをする方法
電気メッキ
現代のジュエリーによく使われているのが電気メッキで、主なものとして金メッキが挙げられます。またロジウムメッキは銀の硫化(黒変)を防ぐ意味でよく行われます。また、金メッキの下地としてニッケルメッキ、ロジウムメッキをほどこすことで強度が増します。
金はもともと希少で高価でしたが、ロジウムは2、30年前に比べ価格が跳ね上がり、今ではメッキの中で一番高価といえそうです。高価なだけあって、耐食性があり、酸やアルカリに強く、硬さもあるロジウムメッキは工業的にも価値のあるメッキです。
最初の印象よりも実力が劣っていた場合などに「メッキがはがれる」などと言ったりするので、メッキには少しネガティブな印象があります。しかし、近年では希少な金属を有効利用する「エコ」な技術として価値が見いだされているようです。
金消し仕上げ(水銀蒸着)
電気を使わない金メッキの方法として古くから行われてきた技法です。
金と水銀の合金(アマルガム)を金属表面に塗り、加熱して水銀を飛ばします。技術自体はそれほど難しくないのですが、水銀を気化させるので注意が必要です。
金消しは金アマルガム法とも呼ばれ、古くは東大寺の大仏を金メッキするために使われたそうです。
七宝仕上げ
七宝は金属の有線を張りめぐらす「有線七宝」や、絵画のように筆で描く「ペイントエナメル」など多種多様な表現があり、宝飾品との相性が良い工芸です。二酸化ケイ素を主剤とした釉薬を焼き付ける七宝の他に、エポキシ樹脂などもよく使われる素材です。
宝飾品のデザイン性を高める七宝は、洋の東西を問わず人気のある技法です。
以上のように、ひとことで表面処理といっても、その方法や効果は多岐にわたります。
全ての仕上げ方法は地金部分が完成してから行うものなので、デザインや完成像がぶれてしまうと、良い仕上がりにはならないことが多いものです。実際に製作するにあたっては、目標とする完成像をしっかりと固めてから仕上げ方法を選択しましょう。