彫金技術に皆さんはどのようなイメージを持っているでしょうか。
例えば、市場に出回っているジュエリーの中に自分の欲しいデザインがなく、オリジナルのジュエリーを作ってみたいと思った場合、今ではジュエリーCADを使って3Dプリンターで出力して…など、彫金技術がなくても、ジュエリーを制作する方法はあります。
それでも、実際に貴金属を加工する彫金技術を教えてくれる「彫金教室」はなくなることはなく、現在でも多くの人が技術を身につけようと彫金教室に通っています。作る楽しさは、たとえ技術が進化しても、私達日本人の心に必要な喜びなのかも知れません。
さて、たくさんの人々を引きつける彫金技術とはどのようなものなのでしょうか。ここでは、基本的な技術と使われる道具を紹介していきたいと思います。
地金を加工する技術
なましと焼き入れ
金属は加熱したり冷却したりすると、温度や冷却速度によって同じ金属でもまったく違う性質を持つようになります。有名なところでは、航空機の材料として使われるジュラルミンは、熱処理によって強度を増すことができる金属です。
この熱処理のことを彫金では「なまし」「焼き入れ」といいます。工具に使われている鋼材を加工するときにも「なまし」「焼き入れ」を行います。
鋼のなまし
鋼を赤くなるまで熱し、空気中で徐々に冷却します。硬く焼きのはいった鋼が焼入れ前の柔らかい状態になるので、ヤットコの先を加工するときなどに焼きなましをします。
焼き入れ
鋼を赤くなるまで(800~900℃くらい)加熱し、水または油の中に入れて急冷します。この処理で鋼は硬く締まりますが同時にもろくなります。焼きを入れすぎると、折れてしまうことがあるので注意が必要です。
焼き戻し
焼入れした鋼のもろさをとりのぞく目的で行ないます。焼入れした鋼を200~600℃まで加熱してから冷却します。鋼の硬さは落ちますが粘りがでますので、キサゲや彫りタガネの先端などには、焼き戻し処理をほどこしておきます。
金やプラチナなどの貴金属も「なまし」が必要
プラチナは赤く輝くまで加熱して、空気中で徐々に冷やします(徐冷)。この操作を「なます」といいます。なました地金を叩いたり加工したりすると硬くなる(加工硬化)ので、そのたびに加熱してなましを入れながら、希望の形に加工していきます。
ちなみにK18の場合は逆です。地金を赤くなるまで加熱し、水や希硫酸に入れて急冷することでなましが入ります。この操作をしないことには、K18の地金は硬くて加工しづらいので注意が必要です。
金属それぞれの性質を知り利用することで、地金を思い通りに加工することができるようになるのですね。
地金をたたいて加工する
なました地金を思い通りの形に加工するために、木槌や金槌でたたく作業をします。
なました地金は、金床(かなとこ)やアンビルに当てて金槌などで叩いて加工します。金槌でたたくと金属の厚みが薄くなって広がり、木槌でたたくと厚みはあまり変わらずに形を変えることができます。目標とする形状によって、金槌と木槌を使い分けるとよいでしょう。
加工したい形状によっては鍛金の技術を使うこともあります。金属を坊主床や烏口に当て、たたく金槌の角度によって地金を伸ばしたり絞ったりするのが鍛金ですが、一朝一夕には身につかない技術です。
しばらくたたいていると地金が硬くしまってくるので、再び加熱してなまします。なましを入れずにたたき続けると、地金割れの原因になるのでおっくうがらずになまし作業を入れるのがコツです。
糸ノコで「切り回し」する
ジュエリー製作にはあまり使うことがないかも知れませんが、糸ノコを使った切り回し
は彫金の中では重要な技術です。
糸ノコはフレームに細い刃を張って金属を切る道具です。ハサミに比べて厚い金属を切ることができ切断面がゆがまないので、糸ノコでの切り回しは身につけておくと重宝する技術です。
糸ノコのフレームには、高さを自由に変えられる自在型と固定型があり、深さも数種類あります。彫金のような細かい作業をする場合はフレームの深さが60mm前後のものが使いやすいでしょう。
ノコ刃の種類は、目の大きさによって番号がふられています。細かい方から6/0~2/0、0、1~6番と順番に目が荒くなります。基本的に薄い地金を切るときには細かい目、厚い地金には荒い目と使い分けますが、厚い地金でも細かい切り回しをする場合は細い目を使います。また、ノコ刃が太くなるとその分だけ地金が粉になってしまいますので、金やプラチナを切り回すときは細めのノコ刃を使うと無駄がありません。
ノコ刃の刃先を下に向けてセットすれば、糸ノコを上下に動かして切る引き切りになります。これは刃先が安定するので、精密な切り回しに向いています。刃先を上に向けてセットすると、糸ノコを押したときに切れる押し切りになります。押し切りは早く切りたい時や、丸カンなどの細かいものを切るときに使います。
切り回しは、糸ノコに余計な力をかけず肩の力を抜くのがコツですが、慣れないうちは簡単にノコ刃を折ってしまいますので、イライラは禁物です。
プラチナなどの粘りのある金属を切るときは、摩擦熱がこもらないようにワックスなどのロウをノコ刃につけて滑りをよくすると作業が楽になります。
引き切り、押し切りどちらもうまく使えるようになると、彫金がグッと楽しくなってきます。
ヤスリかけ
ヤスリは鋼に目を立てて焼きを入れたもので、金属や木材を削る工具です。木材用、金属用、各種の大きさが存在します。彫金に使われるヤスリは、国産のほかに、スイスのバローベ社製のものが有名です。
彫金にはインチヤスリ、組ヤスリ、細密ヤスリなどがよく使われます。組ヤスリとは、1枚の鋼から何本とれるかで大きさが決まったことからきているので、組の数字が大きいほうが小さいサイズということになります。
目の粗さには荒目、中目、細目、油目とあり、彫金では中目と油目をよく使います。ヤスリの形状は平、甲丸、三角、笹葉、丸、角、シノギ、先細、富士山、両甲丸など、各種あります。
ヤスリがけをする際は、彫金机のカスガイにすり板をセットし、加工したい対象物をすり板に押し付けて安定させます。ヤスリは押すときに削れ、引くときには削れません。ヤスリがあたって削れる感覚を意識しながら、ヤスリのリーチを大きく使うとうまくかけられます。
これからヤスリを揃える場合、全てをいっぺんに揃えるのは大変です。まずは5本組、8本組、10本組、細密ヤスリを中心に、目の粗さは中目、油目を揃えると無駄がありません。形状は平、甲丸、笹葉、三角、丸などは使用頻度が高いので、優先して揃えるとよいでしょう。
ロウ付け
彫金のなかでも、花形といえるのがロウ付けです。小さなパーツや石枠をロウ付けでつなぎ合わせたものを「寄せ物」と呼んだりしますが、ブローチの金具や、ペンダントのバチカンもロウ付けで溶接するわけですから、ジュエリー製作にとっては基本中の基本ともいえる技術です。
基本といいつつも、ロウ付けは奥の深いものです。詳しくは、「貴金属だけではないロウ付けの世界」に詳しく解説していますので、ぜひ参考にしてみてください。
その他の彫金技術について
地金を裏側からたたいて打ち出し、表からタガネを使ってレリーフのように文様を浮き出させる「高肉打ち出し」は、刀装金具や帯留めなどの和装身具に多用される技術です。少ない地金でボリュームのある表現が可能になるので、多くの工芸品に使われています。
切嵌象嵌(きりばめぞうがん)は、切り回しの技術とロウ付けを駆使した美しい表現方法です。赤銅や四分一などの日本独自の合金を使い、煮色などの色揚げで浮き上がった意匠は、世界に誇れる彫金技術の結晶ですね。
以上のように、彫金は幅広い表現力を持った技術であり、その奥深さは簡単に身につけることができない貴重なものなのです。たとえ彫金を仕事にしないとしても、ぜひ少しずつ知っていただきたい世界なのです。